NeBonga

『社会』を動かすことはできるのか。

○○で『社会』を動かす、とする場合、皆さんは○○に入る言葉に何が思い浮かびますか?

『社会』を動かすとは、一体何を意味するのか。
『社会』とは、そもそも生き物のように動かすことができるものなのか。

私の場合、○○には脊髄反射的に「映像」という言葉を当てはめたくなるのですが、本当にそれは映像なのか?という純粋な問いに、ここ最近ぶつかっています。

何かが満たされていない気がするんです。だから、その悶々とした感情の正体を暴きたい。次の5年は、きっとその答えを体現していく5年になるので。

今回は、「自分が関わろうとしている『社会』の正体を考えること」について、加えて、その先の思考として「ブランディングの川上と川下」について、コーヒーを啜りながら書いていきます。

君がいう『社会』って?

前提として、タイトルにもある『社会』という言葉へのイメージやそれに対する漠然とした疑問を書き出してみました。

  • 大小ある地域住民(存在)を指すのか
  • 人間の総意(意見)を指すのか
  • 数値化できるものなのかどうか
  • じわじわと広がっていく価値観広がりそのものを指すのか
  • 一時的なムーブメントでしかなく、消費期限は短いのか

こういったイメージのなかで私のなかで感覚的にフィットするのが、『社会』とは突発的に変化するものではなく、温泉の素がじわじわとバスタブに広がっていくような、そんな<価値観の広がり>そのものを指している、というものです。

自分が関わりたいと思っている『社会』との接点には、まさに大きな水槽のようなものがあり、そこにインクを垂らすイメージでしょうか。じわじわと染まっていくのを体感していきたいのだなと。

動かしたいと願う世の中の/集団の価値観がある。では、実現に向けて私が掲げているものはなんだろう。粗さは目立ちますが、すでにWebサイトなどで公開しているものを改めて振り返ってみます。

私が掲げるフィロソフィー

私が代表を務める株式会社NeBonga(NeBonga Inc.)のMissonと位置付けているのは、WebサイトのLPにもある『より良い世界を創る -Create a better world-』になります。

そして、Visionとして『Passion on the Border(境界線上の情熱)』というフレーズを掲げています。これまた抽象度が高くValueともとれるような表現ですが、私が大切にしている行動指針です。「人は葛藤しながらも、それでも情熱を絶やすことなく、前に進む。 その奮闘と熱意の証を残すお手伝いをしていく。」という決意を示しています。

最近は、こういったMVV(Misson→Vision→Value)を自分なりに再定義しようと、思考を巡らしています。

▶M(ミッション):企業が社会に対して「なすべきこと」
ミッション(Mission)とは、企業・組織が果たすべき使命や存在意義を表す言葉です。なぜこの企業・組織が存在するのか、社会にどのような価値を体現するのかなど、企業・組織が目指す社会について明文化します。

▶V(ビジョン):企業・組織が目指す「あるべき姿」
ビジョン(Vision)とは、企業・組織の理想像、中長期的な目標を表す言葉です。ミッションを実現するために、企業・組織はどのような状況になるべきか、どのような志であるべきかを明文化します。

▶V(バリュー):企業・組織の構成員が具体的に「やるべきこと」
バリュー(Value)とは、ミッションやビジョンを達成するための具体的な行動指針、行動基準を表す言葉です。企業・組織の構成員の行動や判断の基準となる価値観を明文化します。

参考リンク:MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)とは?策定・浸透ポイントから事例まで基礎知識をわかりやすく解説

「色々考える前にMVVをきっちり定めるところから始めなよ。」
そうかもしれません。私の突き詰めが甘いだけなのかもしれませんが、手触りがなく腑に落ちないことに対して、右向け右!ができない性格なんです。これは単なるひねくれです。

MVVや社訓、社是はとても大切なものだと思っていますが、いざ経営や制作に迷いが生じたときに、事前の決め事は救いになってくれるのか? 日々追われる業務のなかでブレずに掲げることはできるのか? という疑問があります。正直、私の体質からすると、「No」なんです。

これはとても感覚的な反応です。とってつけたようなありきたりで抽象度の高い言葉を並べるのではなく、1つのフィロソフィーとしての目標を掲げ、分析と検証を行き来するには、より超具体的な行動指針が欲しい質なんだと思います。本当にそれだけなんです。

個人事業主として独立した直後は、目の前のお仕事をいかに丁寧にこなし次に繋げていくかということしか考えておらず、というか正直それだけで手いっぱいでした。今では会社も3期目に入り早3ヶ月が経過しました。ご依頼をたくさん頂けるのは本当にありがたいことですが、それ以上に、「1つの会社として、1人の映像屋として、どうあるべきか。」を体現していかねば、という想いが沸々とわいてきています。

ブランディングの川上と川下

企画・撮影・編集をおおよそワンストップでお受けすることが多いのですが、ざっくりジャンル分けするとこのようになります。

  • 会社・事業PR映像…会社紹介や採用など既存事業を映像で紹介する。インタビュー撮影が付随すること多め。
  • ブランディング映像新規事業のコンセプトづくりから伴走し、映像や写真、Webやロゴ、パンフレット制作などを通じてトータルブランディングを行う。
  • 記録映像…イベント/セミナーなど決められた進行に沿ってマルチカムで収録/編集を行う。
  • ドキュメンタリー映像…特定の事象や現象、人物などをクリエイティブに切り取る。

簡単に言うと、映像ディレクター/カメラマンとしての稼働が全体の約6~7割以上を占めており、残りがクリエイティブディレクターとして各分野のクリエイターの方々をまとめていくお仕事になっています。

カメラを握る機会が多い人間として語弊を恐れずに言えば、撮影業務/編集業務としてお話がくる段階で、その事業は当然0ではなく、何らかの問題を解決する1つの手段として<映像制作>を実行するという結論に至っているといます。すでに進捗具合が1や2になっていることがほとんどなんですね。つまり、ブランディングの川下に位置しているということです。根元にフィロソフィーやコンセプトとなるものが、もうそこには存在しています。

コンセプトづくりから入るものがクリエイティブの上位にあり、撮影や編集が下位にあるという上下関係の存在を指摘したいわけではありません。また、映像のみではブランディングは不可、と言いたいわけでもありません。

これはあくまで心構えの話になりますが、目の前の案件が仮に山から海まで流れるだと例えると、取り組もうとしていることは、川全体に対してどのへんの位置のものなのかという「座標」まで意識できているかということです。当然、始めと終わりに何かが見えていないと現在地は見えてきません。

このやや切り込んだ話を制作前にクライアントに切り出すには、慎重な伝え方が必要になります。「映像制作をしよう!」と決定している人に対し、「本当にそれでいいの?」という後ろ髪を引きにいく行為に近いので。

「映像制作という手段がそもそも相応しいのか。」
「コンセプトを固める段階から始める必要があるか。」
「別手段の方が効率的な課題解決になるか。」

次の行動として何を選択するかも、もちろん大切です。でも、もっと重要なことがある。

はるか昔に長い年月を経て蓄積された川上(上流)で生まれた価値観のしずくが落ちる音に耳を澄ます。それを丁寧に言語化→視覚化していく、という作業なくして、映像は<価値観の広がり>を生み出す決定打にはなりえない。

価値観には、自然発生的に生まれるものもあれば、MVVのようにリーダーが定めるものまで様々なので、組織の一員(この件で言えば、<土壌>に近いものでしょうか。)への浸透具合を量ることも必要になってくるわけです。そう、ここで長い長い話が繋がります。笑

大海の一滴を探る行為、そして、文字通り脈々と受け継いでいくことは、映像制作者以前に1人の人間としても尊い行為だと思っていますし、何より映像の大量生産・大量破棄時代において(本当に消費といえるのか?という皮肉もこめて)、RECするその瞬間までに相互理解の比重を置くことが重要だと考えています。

可視化できない価値を愛でる

人は、時間を賭して向き合ってきたものをツールとして何かをしよう!と考えてしまいがちです。大学で○○を学んだから、○○をしなくてはいけない。会社で△△の業務を10年やっていたから△△が向いているはずだ、とか。

でも、そんなことは全くないんです。社会に浸透しているのは、幻想に近いものです。時間をかけたものは無駄ではなかったと、価値のあるものだったと、そう肯定したいという気持ちはよくわかりますが、それはある種の防衛本能です。

皮肉なことに、私がまさにこれでした。苦笑

個人事業主時代5年、法人化して丸2年。
映像や写真のみならず、今ではWebサイト制作やデザイン、コピーライティングにも携わるようになっていますが、正直に言うと目に見える部分(成果物)に囚われていました。

<価値観の広がり>そのもの
これを体感するために偶然にもツールになっていたのが映像や写真というだけであって、成果物がすべてではなく、その先にある価値観の広がりまでに関与できていなかったのです。

広がっていく価値観のカタチは、直線的か波紋のような広がり方か、納品物が有形であろうが無形であろうが、「前進」に繋がっているか。今まで以上に丁寧なヒアリングと言語化が分かれ道になりますね。

映像で伝えられることの幅を広げることはもちろんのこと、精微な分析と設計のもと納得のいくディレクションが今後もできるよう、各現場で再現性のあるオリジナルスタイルを模索していきます。

まとめ

『社会』とは、<価値観の広がり>そのものを指していて、クリエイティブ業を通じて貢献するには、業務の座標を正確に認識し、価値観の起源を探る。価値観がより理想的なカタチで対象者に伝わるよう、丁寧なヒアリングと言語化、そして境界のない横断的な提案をしていく!

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